Tsuruya Yoshinobu

鶴屋吉信
つるやよしのぶ

西陣に二百余年、柚餅と京観世の京菓子司

「鶴屋吉信」と染め抜いた藍色の暖簾
写真:鶴屋吉信 公式サイト
1803年
創業
223年
の歩み
京都
本拠地
10品
このページで紹介する代表商品

鶴屋吉信について

鶴屋吉信は享和3年(1803)、初代伊兵衛が京都・上京で開いた京菓子司です。京菓子がほぼ今日の姿になったとされる文化文政期の少し前にあたり、輸入砂糖の配分のために結ばれた上菓子屋仲間とともに技を磨いてきました。本店はいまも織物のまち西陣、堀川今出川の角にあります。

明治の初めに三代伊兵衛が「柚餅」を、大正9年(1920)に四代稲田儀三郎が「京観世」を生み、この二つが店の代表銘菓として歩みを支えてきました。文人画家・富岡鉄斎との親交は深く、本店入口の大看板も鉄斎の揮毫です。昭和8年には柚餅が昭和天皇のお買い上げを受けています。

戦後は五代稲田栄三のもとで株式会社となり、東京にも支店を構えました。平成4年(1992)に建て替えた本店は町家の様式に数寄屋の意匠を採り入れた建物で、二階では職人の実演で生菓子を味わえます。京都駅八条口の「IRODORI」では琥珀糖など新しい京菓子も提案しています。

ブランド鶴屋吉信
運営会社株式会社 鶴屋吉信
創業1803年
創業者初代 鶴屋伊兵衛
本社・本店京都府京都市上京区
ジャンル和菓子
公式サイトhttps://www.tsuruyayoshinobu.jp/

歩み — 年表

  1. 1803年

    初代・鶴屋伊兵衛が京都・上京区で鶴屋吉信を創業する。

  2. 1868年

    三代伊兵衛が、のちに代々受け継がれる代表銘菓「柚餅」を創案する。

  3. 1904年

    お多福豆の形をした冬の銘菓「福ハ内」が生まれる。文人画家・富岡鉄斎にも愛でられた。

  4. 1920年

    四代・稲田儀三郎が「銘菓百種」を掲げ、京観世をはじめ多くの銘菓を考案する。

  5. 1933年

    昭和天皇の京都行幸の際、柚餅がお買い上げの栄に浴する。

  6. 1950年

    会社を設立する。戦後、五代稲田栄三のもとで家業を株式会社として近代経営に移した。

  7. 1960年

    東京都中央区築地町に東京支店を開設する。

  8. 1992年

    本店社屋が新築竣工。町家の様式に数寄屋建築の意匠を採り入れた建物となる。

  9. 2003年

    創業200年を迎え、記念菓「柚子形柚餅」を発売する。

  10. 2015年

    京都駅八条口のアスティロードに、新感覚の和菓子を扱う直営店「IRODORI」を開く。

  11. 2018年

    京都府亀岡市に、製造工場を併設した鶴屋吉信FACTORYを新築竣工する。

  12. 2026年

    八代目・稲田啓太郎が代表取締役社長に就任する。

大切な5つの「ヨキモノ」

鶴屋吉信は経営理念として五つの「ヨキモノ」を掲げています。良き菓子を創ること、良き社風を育てること、良き印象をお客様に伝えること、良き職場をつくり豊かな明日を手にすること、そして社会に貢献できる良き企業を目指すこと。菓子そのものだけでなく、つくり手の場や社会との関わりまでを一続きの「良き物」と捉える考え方で、公式サイトでは「ヨキモノヲツクル」という言葉とともに店の歩みが綴られています。

代表的な商品

価格・内容量は確認日時点の公式表示です。季節や在庫で変わります。

写真:鶴屋吉信 公式サイト/当サイトに写真の複製は保存していません。

知っておきたいこと

富岡鉄斎とのゆかり

四代稲田儀三郎は、柚餅を好んだ文人画家・富岡鉄斎と親交を結び、大看板の揮毫や装画、画賛を得て京名物としての評価を高めた。本店入口の欅の一枚板の大看板は鉄斎の筆で、柚餅の包装にも鉄斎の柚子の意匠が使われている。

数寄屋の意匠を採り入れた本店

1992年に建て替えた本店は、町家の様式に数寄屋建築を採り入れた建物で、数寄屋造りの建築家・中村外二氏が手がけた。二階には茶室「游心」と坪庭風の茶庭があり、景観に配慮した建築として京都市都市景観賞を受けている。

目の前でつくる生菓子

本店二階の菓遊茶屋では、熟練の職人がカウンター越しに季節の生菓子をつくり、できたてを抹茶とともに味わえる。生菓子の意匠は季節ごとに替わり、二種類から一つを選ぶ。

店舗

全店舗は公式の店舗一覧へ。営業時間・定休日は変わることがあります。お出かけ前に公式サイトをご確認ください。写真:各店舗の公式ページ