TORAYA

とらや
とらや

五世紀、御所の御用を勤めてきた羊羹の店

「とらや」と染め抜いた白い暖簾がかかる店舗の入口
写真:とらや 公式サイト
東京
本拠地
11品
このページで紹介する代表商品

とらやについて

とらやは室町時代後期の京都で創業し、五世紀にわたって和菓子屋を営んできた店です。後陽成天皇の御在位中から御所の御用を勤め、明治2年(1869)の東京遷都の折には、京都の店はそのままに天皇のお供をして東京へも進出しました。いまは東京・赤坂に本社を置いています。

店の顔は羊羹です。寛永12年(1635)の御用記録にはすでに「やうかん」の名が見え、代表の小倉羊羹『夜の梅』は文政2年(1819)から作り続けられています。十勝産の小豆や天然の糸寒天など素材を吟味し、煉りあげの加減は熟練の職人が五感で見極めるといいます。

昭和48年(1973)には菓子資料室「虎屋文庫」を開設し、伝来の菓子見本帳や古文書を守りながら、展示や機関誌で和菓子の文化を伝えています。赤坂・京都一条・銀座の店では菓寮で甘味を味わえるほか、1980年にはパリにも店を開きました。

ブランドとらや
運営会社株式会社 虎屋
創業室町時代後期
本社・本店東京都港区赤坂
ジャンル和菓子
公式サイトhttps://www.toraya-group.co.jp/

歩み — 年表

  1. 1586年

    後陽成天皇が即位。その御在位中から、虎屋は御所の御用を承るようになる。

  2. 1635年

    現存最古の御用記録「院御所様行幸之御菓子通」が残る。「やうかん」など多様な菓子名が記される。

  3. 1695年

    年記のある菓子見本帳として最古と考えられる「御菓子之畫圖」が作られる。注文を受けるカタログとして使われた。

  4. 1869年

    東京遷都にともない、12代光正が京都の店はそのままに東京へ進出する。

  5. 1927年

    群馬県利根郡農会に白小豆の栽培を委託。1966年には指定農場・群馬農場を設ける。

  6. 1947年5月

    虎屋商工株式会社を設立。翌年、社名を「株式会社虎屋」に改める。

  7. 1973年2月

    菓子資料室「虎屋文庫」を開設。同年、贈答用の箱を再生紙に替えるなど環境への取り組みも始める。

  8. 1978年9月

    良い水を求めて富士山麓に、羊羹と餡の専門工場として御殿場工場を竣工する。

  9. 1980年10月

    パリ店を開店する。同じ年の7月には、菓寮を併設した御殿場店も開いている。

  10. 2003年11月

    社史『虎屋の五世紀』を刊行する。

  11. 2018年10月

    建て替えを経て、赤坂店と虎屋菓寮 赤坂店がリニューアルオープンする。

  12. 2024年4月

    虎屋銀座ビルの建て替えを終え、銀座店と虎屋菓寮 銀座店をTORAYA GINZAとして新たに開く。

おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く

とらやが掲げる経営理念は「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」という一文です。会社概要では、この理念のもとで大地、生産者、お客様、そして自分たちを一つのつながりとして考え、未来に向けた取り組みを続けていると記しています。白小豆の栽培を戦前から委託し、のちに指定農場を設けた歩みや、良い水を求めて富士山麓に工場を構えた判断にも、原材料と土地を大切にする姿勢が表れています。

代表的な商品

価格・内容量は確認日時点の公式表示です。季節や在庫で変わります。

写真:とらや 公式サイト/当サイトに写真の複製は保存していません。

知っておきたいこと

菓子資料室 虎屋文庫

1973年に創設された菓子資料室。御所の御用を長く勤めた虎屋に伝わる菓子見本帳や古文書、古器物を保存・整理し、さまざまな菓子資料も収集している。展示や機関誌の発行を通じて、和菓子の情報を広く発信している。

選び抜いた羊羹の素材

羊羹の主な原材料は豆・寒天・砂糖。とらやでは北海道・十勝産の小豆、長野や岐阜でつくられる天然の糸寒天、沖縄・西表島産の黒砂糖、徳島県産の和三盆糖などを厳選し、煉りあげの加減は職人が五感で判断している。

富士山麓の羊羹工場

おいしい和菓子のために良い水を求め、1978年に富士山麓へ羊羹と餡の専門工場として御殿場工場を建てた。現在も羊羹・最中・水羊羹などを製造し、2003年には敷地内に虎屋総合研究所も設けている。

店舗

全店舗は公式の店舗一覧へ。営業時間・定休日は変わることがあります。お出かけ前に公式サイトをご確認ください。写真:各店舗の公式ページ