Murakami Kaishindo

村上開新堂
むらかみかいしんどう

明治七年創業、紹介制で守る手づくりの味

東京・一番町の村上開新堂の店舗外観
写真:村上開新堂 公式サイト
1874年
創業
152年
の歩み
東京
本拠地
7品
このページで紹介する代表商品

村上開新堂について

村上開新堂は、明治7年(1874年)に東京・麹町で開かれた洋菓子店です。初代の村上光保は宮内省の大膳職として横浜の外国人居留地で西洋菓子と料理を学び、妻・茂登の名で店を構えました。公式サイトはこれを「日本で初めての日本人による洋菓子専門店」と紹介しています。

代々の当主が味を受け継ぎ、とりわけ三代目の村上二郎が、二代目一政の翻訳したフランスの製菓書と、外国を知る客の感想をもとに「開新堂の味」を完成させました。いまも並ぶクッキーの詰め合わせや、小さな生菓子の折詰の多くは二郎のレシピによるものです。

1965年に現在の千代田区一番町へ移り、店にはフランス料理のレストランと「山本道子の店」が併設されています。商品は手づくりで一日に作れる数に限りがあるため、登録した客の予約で用意する紹介制をとっており、現在は新しい紹介の受け付けを当面停止しています。

ブランド村上開新堂
運営会社株式会社村上開新堂
創業1874年
創業者村上光保
本社・本店東京都千代田区一番町
ジャンル洋菓子
公式サイトhttps://kaishindo.co.jp/

歩み — 年表

  1. 1870年

    宮内省大膳職の村上光保が洋食と洋菓子の技術習得を命じられ、横浜の外国人居留地でフランス人サミュエル・ペールに師事する。

  2. 1874年

    光保が妻・茂登の名で、麹町山元町に村上開新堂を創業。日本で初めての日本人による洋菓子専門店とされる。

  3. 1883年

    迎賓館として鹿鳴館が落成。開新堂が得意としたアイスクリームやガトウが、そこで催された宴に多く用いられる。

  4. 1903年

    村上一政が二代目を継ぐ。フランス語の製菓・料理用語を訳した手製の辞書をつくり、原書のレシピを研究する。

  5. 1905年

    店舗を木造洋館に建て替える。ショウウインドウに飾り菓子を並べ、2階は菓子とコーヒーを出す喫茶室とした。

  6. 1910年

    日英博覧会で、小田原城をモデルに砂糖と澱粉で作った飾り菓子「城」が金牌を受ける。

  7. 1923年11月

    9月の関東大震災で店舗を焼失。約2か月後の11月3日、新聞に新築開業の告知を出す。

  8. 1934年

    村上二郎が三代目となり、一政が訳した料理や菓子の本をもとに研究を重ねる。

  9. 1965年

    四代目の村上寿美子と夫・發が、吉田五十八設計の店舗で現在の千代田区一番町へ移転。フランス料理のレストランを開く。

  10. 1986年

    五代目の山本道子が、東京料理の店「Dohkan(ドーカン)」を開店する。

  11. 1990年

    店舗の改築を機に「山本道子の店」を併設。オリジナルレシピのクッキーや焼き菓子、ジャムを販売する。

味を守るということ

村上開新堂は、「味を守る」とは同じものを作り続けることではないと考えています。ただ繰り返すだけでは、本来の味から離れてしまうことがあるからです。昔ながらの品以外の菓子を試し、新しい材料や技術を取り入れてみる。そうした試みを通して本当の「開新堂の味」がどこにあるのかを確かめ続けることで、はじめて味が守られるとしています。五代目がドーカンと山本道子の店を開いた意味も、ここにあると公式サイトは記しています。

代表的な商品

価格・内容量は確認日時点の公式表示です。季節や在庫で変わります。

写真:村上開新堂 公式サイト/当サイトに写真の複製は保存していません。

知っておきたいこと

紹介でつながる予約制

創業以来の手づくりで、一日に作れる数には限りがあります。そのため商品は登録した客の予約で用意し、新しい客は登録客の紹介を経て登録する仕組みです。近年は登録が急増し、新規の紹介を当面停止しています。

何年も寝かせる自家製ヴァニラ

生菓子の箱を開けたときに漂うヴァニラの香りは、刻んだヴァニラビーンズをアルコールに浸けて長年寝かせた自家製のもの。人工甘味料や添加物は使っていないと公式サイトは記しています。

松の葉を結ぶ包装

ストライプの包装紙の下には、掛け紙に花カードを差し、紅白の紐を松の葉に結んだのし紙代わりの包みがあります。洋菓子に和の心を添えた、昔から変わらない包み方です。

店舗

営業時間・定休日は変わることがあります。お出かけ前に公式サイトをご確認ください。写真:各店舗の公式ページ